感想を書くと何か貰えるキャンペーンがあるそうなので書いてみることにした。
普通に感想を書くだけだと他のレビューと被るので、この書籍がクトゥルフ神話TRPGにどうやって活かせるのかを主眼にしてみよう。
・赤の供物
どことなくスミスのゾシーク作品を思い出す掌編だが、ムー大陸が舞台なのは珍しい。
魔術師の墓所に忍びこむシチュエーションは、『ラヴクラフトの幻想郷』所収の「ピックマンの弟子」など、クトゥルフ神話TRPGでもまま見受けられるもので、シナリオ制作者の腕次第で色々ギミックが仕掛けられる面白いシーンだ。
また、夢による導きは導入としてはやや強い引きだが、クトゥルフらしい雰囲気を感じられる、と案外評判がいい。
「赤の供物」のような抽象的な単語で先の展開を暗示するのは、プレイヤーの興味を惹く上手い演出だ。
ちなみに、イソグサはクトゥルフ神話TRPG中では「ユトグタ」表記なので注意。
・墳墓に住みつくもの
クトゥルフ神話TRPGといえば他人の日記を読むゲーム、と言われることがたまにあるが、この作品はまさに、事件の確信を突く日記の見本例のようなものだ。
墓から回収されたザンツー石板(CoC現行版和訳表記)はナアカル語で書かれており、コープランド教授の覚書はナアカル語を習得する貴重な機会である。
どこかの豪華客船で発見した人もいると思うが……
・奈落の底のもの
ムー大陸滅亡を描いたザンツー石板の内容が含まれている貴重な一編。
邪教の儀式による破滅の光景は、シナリオの暗示にもってこいの描写だ。
クトゥルフ神話TRPGにおけるムー大陸は"Secrets of Japan"に、日本の天津神はムーの神官が転じた姿というトンデモ設定が追加されている。
名前と所業が僅かに陳述されているガタノソアの大神官ヤア=ソッポスなども、精神生命体と化して己の主の復活を画しているのかもしれない。 キャンペーンの邪教カルトの首領にもってくるにはちょうどいい格だ。
・時代より
来歴不明のアーティファクトを調査しているうちに真実に気づき、精神を追い詰められて……というシチュエーションは、シナリオに出すNPCの体験談としていい例になる。
パズルのピースを集めるかのように一つ一つ集まっていく情報と、夢を通して明らかになる真実、二つのストーリーラインは感情と理性を揺さぶり恐怖を煽る。
『ポナペ教典』や『ネクロノミコン』のゾス三神やクトゥルフに関する記述も見逃せない。
・陳列室の恐怖
謎めいた発狂をした前任者、遺された奇妙な遺物、高まる不安、真実を求めるための旅行――まさにクトゥルフ神話TRPGのシナリオそのものと言ってもいい。
ゾス=オムモグとその呪われた彫像が活躍?する作品で、『ネクロノミコン』から引用される邪神像の真の来歴は、ゾス=オムモグ像を出す際に参照しておかないといささかまずいことになる。
以前、ゾス=オムモグと彫像を題材にしたシナリオを書いたことがあるが、この「陳列室の恐怖」を読んだ後では、記述を一部修正せざるを得なくなってしまった。
また、アーカムの街並みの描写にも注目。今月末発売予定の『
アーカムのすべて 完全版』の描写の参考資料として最適だ。
・ウィンフィールドの遺産
遺産継承者の健全な肉体を狙う不死の暗黒の精神、というのはクトゥルフ神話作品でしばしば見られるテーマである。
これはクトゥルフ神話TRPGでも同じであり、ルールブック掲載の「幽霊屋敷」「ブロックフォード館」など、怪しい来歴を持つ館を探索するシナリオは、CoCのシナリオの基本形の一つである。
土地や館から漂う不健全な空気、神経を逆なでする不快な装飾、かつての所有者の精神を映し出す書庫、そして秘密の部屋……実に趣深い。
・夢でたまたま
前述の通り、印象的で不可思議な夢は、導入演出として優れた手法の一つである。
ユトグタの「夢引き」能力はこの作品の描写が典拠であり、ユトグタをシナリオに出したいのならば必読と言っても過言ではない。
主役のザルナックと従者ラム・シンはなかなか外連味の利いたキャラクターで、ストーリーの良い味付けになっている。
TRPGに出したいなら、プレイヤーキャラクターの活躍を喰わないように気をつければ、シナリオの雰囲気を引き立ててくれるだろう。
・暗黒と結びし者の魂
ウィンフィールドの遺産完結編と言うべきか、「陳列室の恐怖」と並び、クトゥルフ神話TRPGのシナリオにしても違和感がないストーリーである。
ただし、「陳列室の恐怖」との違いは、明確な「敵」がいることだろう。
ザルナックと遺産継承者の腹の探りあいは、このドラマに緊迫した空気を与えている。
クライマックスの激しいアクションや状況の急変は、シナリオを盛り上げる手法の参考になる。
クトゥルフ神話TRPGといえば、戦いを避けた方がいい、戦わないほうがむしろ勝ちなゲームと思われることがしばしばある。
しかし、クライマックスにはそれに相応しい山場がなければ、シナリオのメリハリがつかず、結果として間延びした印象を与えてしまう。
「暗黒と結びし者の魂」の終盤の盛り上がりは、それを学ぶのに優れた手本となる。
全体を通して見てみると、クトゥルフ神話TRPGのシナリオの組み立て方を学ぶのに優れた作品集と言えるのではないだろうか。
神話的情景の描写、「日記」の中身の記述、破滅した登場人物の陳述、事件解決のための冒険行、謎めいた館の探索、邪教に魂を売った者との対決など、いわゆる「クトゥルフ神話物語的要素」として感じられる展開がこの作品集には詰まっている。
本格ミステリが「コード」(「冬の山荘」等定番・定石的展開)によって雰囲気を形成してきたのと同様、「クトゥルフ・コード」なるものが、『クトゥルーの子供たち』の作品から浮かび上がってはこないだろうか。
我々が「コズミック・ホラー的」ではなく「クトゥルフ神話的」と感じる要素・展開を形成する仕掛け人となったのは、実はリン・カーターではないかと思う時がある。
特に関係ないが、
裏表紙の紋様がフードを被った人のように見える。